【ツアー参加者の声】知らないことを知れた旅

初めまして。
アクセス@マニラでプロボノスタッフ(社会人ボランティア)として、アートワークショップの運営などに携わっている梅津みどりと申します。

夫の転勤をきっかけにフィリピンに来て、今年で7年。
パンデミックの期間を除けば、フィリピンでの暮らしも5年目になります。
子どもたちは日本人学校ではなく現地の私立校に通っていて、私自身も地元の市場にふらっと出かけるなど、すっかりフィリピンの生活にも馴染んできました。そんな私ですが、今回のスタディツアーを通して、これまで自分が「知っているつもり」でいたフィリピンとは、また少し違う一面に触れることができました。

8月後半に実施されたアクセスのスタディツアーに参加して、マニラから陸路と船で約7時間かけて、とある島へ行ってきました。

今回の宿舎は、電波が通じない場所。
普段、それほどスマホに依存しているつもりはなかったけれど、電波のない環境でも意外と平気な自分に、「私、ちゃんとスマホ依存症じゃなかったんだ」と、ちょっと安心したり(笑)。参加者には大学生もいて、「今回はみんなのおかーさん役で来てるから!」なんて言っていたら、本当に「ママ」と呼ばれるようになり、嬉しいような、ちょっと動揺するような……。

普段とはまったく違う環境で過ごしてみて、改めて、いくつになっても新しいことにチャレンジするのは楽しいな、と感じました。30年ちょっと前、私自身もお金のない学生で、水シャワーも路上ごはんも「楽しい、楽しい!」と言っていた時期がありました。でも、すっかり年を重ね、日本人なりに少しはお金も持つようになり、見た目もそれなりに「小金持ちっぽく」なってしまった(笑)。以前、フィリピンのローカルな場所に行くと、「日本人だとすぐわかるから、現地の人に混じるのは危ないよ」と言われることもありました。フィリピンに住んでいるのに、休暇でフィリピンの別の地域へ行ったときに見えるのは、空港からホテルへ向かう車の窓から見える民家や小さな村ばかり。

「ここに住んでいる人たちは、どうやって生計を立てているんだろう? どんな暮らしをしているんだろう?」そんな疑問を、ずっと持っていました。だから今回のスタディツアーのお誘いがあったとき、「これは行ってみたい」と思いました。

もちろん、行かない理由はいくらでもありました。

子どもがいるから。
夫がいるから。
家事があるから。
仕事もあるから。

でも今回は、それを全部いったん横に置いて、自分のために行ってきました。
島では、実際にそこに暮らすご家庭を訪問して、お話を聞かせてもらいました。
どんな仕事をして、どうやって生活を成り立たせているのか。
これまで車の窓から眺めるだけだった「村の暮らし」が、少しだけ具体的に見えるようになった気がします。

ただ、そこで新たな疑問も生まれました。

「学歴がない」
「仕事がない」
「スーパーがない」
「電波がない」
「ジョリビーがない」
「マクドナルドがない」

いろいろな「ない」がある。

でも、それは本当に「不幸」で「不便」なことなんだろうか?
それがあれば、今より幸せになれるんだろうか?
私はそれまで、「ないなら、ないでいいじゃない」と、どこか他人事のように考えていたのだと思います。

そんな私の考えが変わったのが、ツアー中に参加者の一人が体調を崩したときでした。
解熱剤を飲んでも39度の熱が24時間続き、「これはもう、病院に連れて行こう」ということになりました。
ところが、「最寄りの医者は、ここからトライシクルで1時間。医者はいても1人で、緊急の処置くらいしかできない」と言われました。

その瞬間、「ああ、“ないところ”で暮らすって、こういうことなんだ」と、急に現実味を持って迫ってきました。
結局、救急車を手配することができ、30分ほどで病院へ。
「患者さんが多いから、診察まで半日くらい待って」と言われていたのですが、外国人ということで優先的に診てもらうことができ、入院することになりました。ところが、今度は「ベッドがない。あっても大部屋です」と。 ※フィリピンでは、定住してるかどうかに関わらず外国人が優先される傾向にあります。

最終的には、分娩室を使わせてもらうことになり、付き添いの私の分までベッドを用意してもらって、まさかのVIP待遇でフィリピンのローカル病院に一晩泊まることになりました。VIP待遇とはいえ、トイレはなかなかの状態で、夜になるとエアコンもありません。私たちにとっては、なかなかのハードシップ。でも、島の人たちにとっては、それが「ここにある唯一の病院」なんです。それまで「なくてもいいじゃない」と思っていたものが、病気になった瞬間に「それは困る」に変わる。「ないところに暮らす」ということが、初めて自分のこととして実感できた出来事でした。

日本人なら、誰もが一度は聞いたことのある「健康で文化的な最低限度の生活」という言葉。
では、その「健康で文化的な最低限度のライン」って、いったいどこにあるんだろう。
国によって、地域によって、その基準が違うのは当然だと思います。
でも、その違いを考えると、「神様って不公平だな」とも思ってしまう。
日本で暮らしていると、学校に行って、教育を受けることが当たり前のように感じます。
けれど、それも決して世界中で当たり前のことではない。

今回のツアーで、私は「その人たちの暮らしが不幸なのか、幸せなのか」を判断できるほど、島の生活を知ったわけではありません。むしろ、少し知ったことで、「知らないことがまだまだたくさんある」ということに気づきました。
自分一人で、何か大きく状況を変えられるほどのことはできません。

それでも、せめて身近な人には親切にすること。
自分が知らないことを、「知らないまま」で終わらせず、知ろうとすること。
そして、知ったことを誰かに伝えたり、小さな行動に移したりすること。
一人の力は、本当に小さなものかもしれません。でも、水面に落ちた一滴のしずくが、静かに波紋を広げていくように、小さな行動も、誰かの心を動かし、その先へつながっていくことがあるのだと思います。

今回の旅で、私はフィリピンの島の暮らしを「知った」というより、「まだまだ知らないことがたくさんある」ということを知りました。その気づきを、今回の旅だけで終わらせないこと。まずは自分にできる小さな一滴を、これからも落としていけたらと思います。そんなことを考えながら、マニラへの帰路につきました。

そして今回は、子どもが一緒ではなかったので、両手が自由!
久しぶりに、写真もたくさん撮ることができました。
思いがけず、「写真を撮る楽しみ」がまた一つ戻ってきたことも、今回の旅からもらった嬉しいお土産です。