フィリピンでの4つの事業地


アクセスは、フィリピンの農村2か所、都市スラム2か所で活動をしています。

現在、活動している4つの事業地

過去の事業地

現在活動している4つの事業地
ピナツボ火山 噴火・土石流被災地

活動開始時期

1998年〜

地区名

パンパンガ州ポーラック町サンホセミトラ村/ミトラプロパー村

事業地概要

1991年に起こったピナツボ火山噴火と、その後の土石流の被災地。

噴火以前は、ルソン島の一大農業地帯だったパンパンガ州の農地は、火山灰と土石流にすっぽり埋まってしまいました。 10万ヘクタールの土地が70億立方メートルの火山灰・土石流に覆われ、農業をあきらめ、都会へと出て行った人々の数も少なくありません。

中でも、被災後16年間もの間、小学校すら再建されなかった「取り残された地」ともいえるミトラ地区で、アクセスは活動を行っています。

これまでの事業

  • 1998 実験農場をスタート(ミトラ地区の住民は4世帯のみ)
  • 2007 幼稚園運営スタート
  • 2008 小学校の校舎建設
  • 2010 小学校の校舎建設、給食事業スタート
  • 2012 教育省と連携し、中退者の卒業資格取得支援事業スタート
  • 2015 子ども・保護者向け「子どもの権利セミナー」スタート
  • 2016 出生証明書の取得支援スタート
  • 2017 サンホセミトラ村が「子どもの保護のための住民票議会」設立

責任者

石川 雅国

現在活動している4つの事業地
ゴミ捨て場周辺スラム パヤタス地区

活動開始時期

1994年〜

地区名

マニラ首都圏ケソン市パヤタス地区

事業地概要

マニラ首都圏内に200~300ヶ所あると言われる貧困コミュニティの1つ。

フィリピンでは、ゴミは焼却せずに、ゴミ捨て場に投棄(野積み)されます。一日にマニラ首都圏から出るゴミの総重量は約6,000㌧と言われ、それらのゴミを受け入れる投棄場は、マニラ首都圏内に複数あります。中でもこのパヤタス地区のゴミ山は最大規模です。

圧倒されるような高さのゴミ山、通称「スモーキーバレー」(元々「谷」だったところが「山」に変わりました)の周辺に形成されたコミュニティの中に、小学校就学前の子どもたちが元気に学ぶ幼稚園があります。

この幼稚園は、アクセスがフィリピンで最初に自前のプログラムとして始めた事業でしたが、住民との間のトラブルが発生し撤退。17年を経て、運営を再開しました。

これまでの事業

  • 1994年 幼稚園の建設・運営をスタート
  • 1996年 他団体が運営
  • 2013年 幼稚園の運営を再開
  • 2014年 給食事業開始
  • 2017年 ゴミ捨て場閉鎖

責任者

クリスター・ジョン・ララ
(ジェリック)

現在活動している4つの事業地
農漁村地区 ペレーズ

活動開始時期

1999年〜

地区名

ケソン州アラバット島ペレーズ地区

事業地概要

人口1万2千人ほどのコミュニティです。

主要な産業はココナツ農業ですが、大土地所有制のもとで土地を借りて小作人として働くか、収穫期のみ農業労働者として働く人々が多く、住民のほとんどがわずかな現金収入で生活しています。

漁業についても、船や漁具を持たない人が多い上、一年の半分ほどは海が荒れて漁に出られないため、生活は非常に不安定です。
アクセスはこの地区で、1999年から活動を開始しました。

これまでの事業

  • 2000 幼稚園の建設・運営、フェアトレード事業(ココナツ殻手工芸品)スタート
  • 2002 家庭養豚奨学生プログラムスタート
  • 2004 青年会活動の開始
  • 2008 幼稚園運営、家庭養豚奨学生プログラムの終了
  • 2009 奨学金プログラムスタート
  • 2010 マイクロファイナンスプログラムスタート
  • 2013 フェアトレード事業(グリーティングカード)スタート

責任者

アレン・アルゾラ

現在活動している4つの事業地
ゴミ捨て場周辺スラム トンド地区

活動開始時期

2005年〜

地区名

マニラ首都圏ケソン市トンド地区

事業地概要

マニラ首都圏内に200~300ヶ所あると言われる貧困コミュニティの1つ。

フィリピンでは、ゴミは焼却せずに、ゴミ捨て場に投棄(野積み)されます。一日にマニラ首都圏から出るゴミの総重量は約6,000㌧と言われ、それらのゴミを受け入れる投棄場は、マニラ首都圏内に複数あります。

トンド地区には「スモーキーマウンテン」と呼ばれるゴミ捨て場がありました。その周辺には約6,500人もの人々が収入を得るためにゴミの中からリサイクル可能なゴミ(鉄、銅、プラスチックなど)を拾って暮らしていましたが、2014年6月に政府による立ち退きが実施され、住民は再定住地に移住したり、トンド地区内の別の貧困コミュニティで生活を再建することを余儀なくされました。

アクセスは2005年にスモーキーマウンテンでの事業を開始しましたが、スモーキーマウンテンが閉鎖されて以降は、直ぐ南隣の「仮設住宅」地区に事業地を移し、子どもの教育支援および青少年の育成活動を行ってきました。

現在、この「仮設住宅」地区も政府によって立ち退きを迫られています。

これまでの事業

  • 2005年 「スモーキー・マウンテン」にて活動開始
  • 2006年 多目的保健センターを開設・運営、青年会の設立。
  • 2007年 同センターにおける保健衛生プログラムをスタート。ボランティアヘルスワーカーの育成、センターでの初期治療・健康相談・保健キャンペーンなどを実施。
  • 2011年 政府が「スモーキー・マウンテン」周辺住民に立ち退きを通知
  • 2012年 立ち退きに反対していた住民(アクセスボランティアスタッフ)がギャングによって殺害される
  • 2013年 多目的保健センターがギャングに乗っ取られ、プログラムの中止
  • 2014年 立ち退きに伴い、スモーキーマウンテン地区での事業を終了
  • 2015年 「仮設住宅」地区で奨学金プログラム・給食事業の開始、青年会活動の継続

責任者

クリスター・ジョン・ララ
(ジェリック)


事業地を訪問するスタディツアー

過去の事業地
川沿いのスラム アペロクルス地区

活動時期

1997年~2013年

地区名

フィリピン共和国 マニラ首都面パサイ市マリバイ地区アペロクルス

事業地概要

パサイ市を細く蛇行する川沿いに、戦後にできた都市スラム。

過去に実施した事業

  • プッシュカート貸し出し(1997~)
  • 排水路の整備(1997年)
  • 公衆トイレの建設(1997年)
  • 就学支援(1997~2007年)
  • 医療品供給プログラム(1997~2011年)
  • フェアトレード事業(2004年~2013年)

事業終了の経緯

2000年代後半、事業に参加する住民の代表によってアペロクルス住民協議会が設立され、アクセスと住民協議会が協力して事業を行うようになりました。住民協議会の活動が充実してきたため、2013年にアクセスの活動を終了。現在は、火災や浸水などの災害時に、住民協議会から要請があった場合のみ、アクセスから支援を行っています。