国境を越えて 第5回:非当事者として貧困問題の解決に取り組む(2)

アクセス常務理事 森脇祐一

以下の文書は、2011年10月から2013年8月まで、国際経済労働研究所機関誌「Int’lecowk」誌上に「未来への扉-国際協力NGOの活動から見えてくるもの」と題して15回にわたって連載したものである。

前回は、チャリティーという方法の持つ問題点とそれを克服するためのエンパワーメントという方法論を紹介した。今回もエンパワーメントの観点から、非当事者としてのNGO(とそれを支える日本の市民)が、発展途上国における貧困問題の解決に向けて果たすべき/果たすことができる役割についてさらに考えようと思う。

連載『国境を越えて』

第1回:ボランティアという活動 ─ 当事者運動と非当事者運動の出会いが生み出す「共」性
第2回:国際協力とボランティア性
第3回:フィリピンの貧しい人々
第4回:非当事者として貧困問題の解決に取り組む(1)
◆第5回:非当事者として貧困問題の解決に取り組む(2)

貧しい人自らモノやサービスを生み出す生計プログラム

今回はチャリティーから一歩進んで、貧しい住民たちが自分たち自身でモノやサービスを生み出すようなプログラム、いわば近年「社会的企業」と呼ばれたり、あるいは広く国際的なフェアトレードの文脈で理解されたりしているものについて考えたい。

こうしたプログラムは、通常ライブリーフッドプログラム (以下生計プログラム)と呼ばれる。生計プログラムは、チャリティーと較べると住民たちの自律性が高い。 筆者が所属しているNGOのフェアトレードプログラムのもと発展してきた商品生産者グループを例に取ろう。このフェアトレードプログラムは、働く意欲はあるが仕事がない人々に、日本で売れる商品の生産技術を指導し、日本側が継続的に注文・販売することで、生産者の生活改善を支援するという仕組みである。 当初は生産しかできなかった受益者に対し、時間をかけて生産管理や組織運営などのスキルも身につけてもらい、いずれは生産者団体として自律的に運営・経営ができるようになることをめざしている。

日本側の担当部署であるフェアトレード事業部に依拠している面もまだまだ少なくないが、メンバーの選定・訓練、受注の配分、製品の品質管理、新デザインなどの商品開発、原材料の調達、国内販路の拡大などの領域において、生産者グループのイニシアティブが発揮されている。何より、自分たちの労働によって収入を得ることができ、自分たちの創意工夫によって収入を増やすことができる。こうした自助努力が具体的に収入という形で成果となって表れることにより、自尊の気持ちも高くなる。一方的に「与えられる」ことを基本とするチャリティーとの最大の違いと言ってよい。

生計プログラムの課題

フィリピンでは6人に1人が小学校を卒業できません。初等教育を受けられないまま大人になった人々にとって、「組織運営」は簡単なことではない。

むろん良いことばかりでなはく、克服すべき課題は多い。第一に、上記の具体例からも分かるように、生計プログラムは、協業に基づく分業が発展せざるを得ない。つまり受益者たちが自ら組織を作り運営しなければならず、意思決定の仕組み、決定事項の遂行の仕組み、会計等資産管理の仕組みなど、組織運営に関する最低限の知識と技能を必要とする。そして、これが容易なことではない。

まず、単純に事務作業に慣れていない人が多い。教育を受ける機会を奪われ、事務作業を必要とする仕事に就く機会を層として奪われてきたことの結果である。が、これは単に「慣れ」の問題と言ってしまえばそうで、ある程度はやっていく中で習得できる。問題は、会計なら会計という一つのシステムについて、なぜその方法でやらなければならないのか、出てきた結果はどういう意味を持っているのか、を理解することである。これらは、会計をある程度体系的に勉強したことのない人にとっては誰であっても困難を伴う。特に、学校教育等を通じて抽象的な概念を組み合わせて使うことのできる基礎的な力を身に付ける機会がなければ、これらを理解することは容易ではない。そしてこれらを理解できないということは、会計というシステム自体の必要性を理解できないということであり、外部からの強制力がない限り、一つ一つは単純でも総体としては煩雑な事務作業を継続して行う動機を維持しづらいという問題につながっていく。

民主主義の実践

だが、何よりの課題は組織の内部での民主主義をいかに実践しうるかということである。生計プログラム団体が成長し何がしかの収入を得られるようになると、内部にボス的存在の人物が形成される。多くの場合、リーダーシップを備え献身的に活動を行う人物であり、その面は積極的に評価されねばならない。だが、日々生き抜くこと自体が常に問題となる貧しい人々の間ではとりわけ、ボスになることは自己の利益の確保と直結する。これとフィリピン社会に深く広く浸透している家族中心主義が結び付き、いつの間にかボスの家族を中心に組織が運営されるようになる。

生計プログラム団体を立ち上げた場合、リーダー層の系統的育成が必要である一方、その結果としてリーダー層の固定化と権力の集中という問題が生じ、この二つの側面を並行して解決するためには、チェックアンドバランスを組み込んだガバナンス・システムが不可欠である。が、システムを機能させるのは人であり、人の要素を欠いてはODA(政府開発援助)による箱モノ支援と変わりがない(かつて日本のODAは 建物や機材だけそろえて、それらを運用する人材育成などソフト面の発展に留意していないとしてNGOなどから批判された)。民主主義的な人と文化の育成こそが最重要の課題なのである。

ここで民主主義とは、単に個人としての平等な権利の保障という個人主義的な権利と、少数は多数に従うといった意思決定の在り方のみを指すのではない。むしろ、ある集団の協働関係の中で「私」を「我々」に解消せず、「我々」を「私」に解消しない集団の在り方のことであり、個々の成員の差異が最大限尊重され、 個々の創造性が最大限発揮されると同時に、「我々」に共有されるべき共通の倫理や組織のルールを自ら生み出し、それらに基づいて協働する在り方をいう。

一つの事業をNGOと住民たちが共同で行っていくことを土俵として、組織運営の知識や技能を定着させ、さらに民主主義的な土壌を醸成させることが、NGOの最重要の役割といえる。

協同組合型組織

そのように考えたとき、生計プログラムを通じて形成される受益者の組織は、民主主義と親和性の高い、協同組合型の組織が望ましい。発展途上国でいわゆる 「社会的企業」として行われている事業の中には、株式会社や有限会社など営利組織として組織され、少数の特定の者によって所有され、その少数者の意思決定の下で運営される形態で営まれているものも少なくない。むろん、このような組織形態であっても、新たに雇用が生まれ、貧しい人々の収入の増加をもたらせば、そのことが貧困削減に貢献することは言うまでもない。また、少数の所有者ないし経営者による意思決定が、効率性の観点からメリットとなる局面もあることは間違いない。

だが、この連載の最初に確認した(「第一回ボランティアという活動」)ボランティア活動の4つの特徴である「自発性」「無償性」「利他性」「先駆性」に照らし合わせて考えるとき、そしてNGOの活動が多くのボランティアによって支えられているとき、NGOがめざすべき生計プログラムの受益者集団の組織形態は、協同組合型を当面の目標とすべきなのではないだろうか。

1995年の国際協同組合同盟(ICA)総会で新たに採択された協同組合原則は、協同組合の定義として〈人々が自主的に結びついた自律の団体〉とし、その基本的価値として自助・自己責任・民主主義・平等・公正・連帯を信条とし、つぎの7原則を指針としている。(1)自主的で開かれた組合員制(公開の原則)、(2)民主的管理、(3)組合員の経済的参加、(4)自治と自立、(5)組合員への教育・訓練および情報提供、(6)協同組合間の協同、(7)地域社会への関与。協同組合員は、組合に雇用される職員とは異なり、協同組合として掲げる共通の目的のために、自主的・主体的に活動することが求められる。そして何より、組合員は対等な権利を有する者として意思決定に参加することができる。

現実の協同組合運動は、厳しい市場競争を強いられる中で、効率性・収益性を求め、組合員よりも職員が活動の中心となることを余儀なくされている現状がある。貧困層を主体とした組合の場合、組織運営の知識や技能が未発達で、そうした知識や技能の習得に相当の時間と労力を要することが多く、NGOの側が経営のトップを握り、トップダウンで物事を行ったほうが遥かに効率的な場合も少なくない。

こうした現実のデメリットにもかかわらず、上で見たような協同組合の持つ特徴を追求することにより、営利活動が支配的な経済活動の現状の在り方を変え、一人ひとりの市民が経済活動に主体的に参加するもう一つのありようを創り出すことに貢献できるのではないだろうか。

筆者の所属しているNGOでは、生産者団体を立ち上げた当初は、意思決定をNGO主導で行うが、活動を進める中で徐々に生産者団体のリーダーを育成し、民主的な組織運営のルールを定め、会計などの技術を伝達し、生産者主体の組織運営へと移行していく方法を採っている。手間ひまがかかり、物事は直線的に右肩上がりには進まない。それでもやり続ける価値はあると確信している。

(第6回に続く)↓↓↓

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