連載 私たちはどこにいて、どこに向かおうとしているのか 「国境を越えて」パート2

アクセス常務理事 森脇祐一

連載『国境を越えて』パート2
第1回:新たに連載を始めるにあたって
第2回:「南北問題」はもはや存在しない? その1
第3回:「南北問題」はもはや存在しない? その2
第4回:「南北問題」はもはや存在しない? その3
第5回:「南北問題」はもはや存在しない? その4
◇第6回:バナナを通じてフィリピンと日本の関係を考える
「南北問題」はもはや存在しない? その5

前回まで3回にわたって『FACTFULNESS(ファクトフルネス)』(ハンス・ロスリング他著)を批判してきた。そこでの批判の要点の一つは次のものであった。

「南北問題」とは、ロスリングが批判するような、<世界を国民国家ごとの貧富の状態の程度の違いで測定し、「北」と「南」との間に貧富の状態の大きな格差が存在し、世界は二つの大きなグループに分断されているという捉え方>だけを意味するのではなく、<「北」と「南」の構造的関係の問題であり、とりわけ近代植民地支配が成立して以降の、欧米諸国によるアジア・アフリカ・ラテンアメリカ諸国に対する支配=従属関係を捉えようとする捉え方であって、こうした支配=従属関係の原因でもあり結果でもある経済的・軍事的・政治的・文化的パワー(力)の格差として捉える捉え方>でもある。そして、後者の捉え方はロスリングのこの著書から全く欠落している。

今回からは、こうした支配従属関係としての「南北問題」をフィリピンと日本の関係に即してもう少し具体的に見ていきたい。

エシカル・バナナ・キャンペーン

アクセスも賛同団体として名を連ねている「エシカル・バナナ・キャンペーン」というキャンペーンがある。そのウエブサイトには「私たちのバナナが「人を喰う」!? バナナに生活を破壊された人びと」というショッキングなコピーの下に、「債務の運命」「毒の雨」という二本の動画が表示されている。https://www.e-banana.info/

「債務の運命」は、「オルタナティブな法律業務を通じた対話とエンパワメントのためのイニシアチブThe Initiatives for Dialogue and Empowerment through Alternative Legal Services 」(IDEALS、https://ideals.org.ph/) というフィリピンのNGO団体が2018年に開始した「ミンダナオのバナナ農家を支えよう! 不公平なアグリビジネスとの契約を解除すべき!」というキャンペーンのために作成した動画だ。フィリピン・ミンダナオ島東部のコンポステラ・バレー州に広がるバナナ・プランテーションのバナナ農家が、「スミフル」という日系企業との間に不公平な栽培契約を結んでしまったがゆえに苦しい生活を余儀なくされている状況を映し出している。ぜひ一度ご覧いただきたい。https://www.youtube.com/watch?v=7gvuh-a17-I&t=253s

「債務の運命」で描かれているバナナ農家の男性ダニロ(当時68歳)は、1973年から45年以上このバナナ・プランテーションで働き生活してきた。収穫、梱包所の運転手などさまざまな労働をしてきたとのことなので、労働者として雇用されていたと思われる。2004年に、フィリピン政府が進めるCARP(包括的農地改革プログラム)によりバナナ農園の中の小さな土地の所有者になることができた。が、暮らしは良くならなかった。スミフルとの不公平な15年の独占契約を結んでしまったからだ。ダニロには子どもが7人いるが、そのうち二人は障害を持って生まれた。医者はバナナの処理に使われる薬品の影響だと考えているという。一家の収入は一週間で28ドル(約3600円)、妻と家に残る二人の子どもと合わせて4人家族で1日あたり一人1ドル。この収入だと食事にも事欠くため、借金をして暮らしている。貧しい人が利用できる借金は高い利息を取られるため、生活はますます苦しくなることは明白だが、生きていくために他に手段がないのだろう。子どもたちには教育を受けさせてやれなかった。息子の一人はダニロと同様バナナ農家になっている。「子どもたちのことが心配です。何もしてやれませんでした。」と淡々と述べるダニロの様子に、年老いて、自分の力ではどうしようもなかったこれまでの人生に対する諦念を感じてしまい、観ていて切なくなる。

IDEALSは、ダニロのようなバナナ農家が貧しい生活を余儀なくされている大きな要因の一つに、スミフルをはじめとするバナナ輸出大手企業と農家との間に結ばれる不公平な契約があると主張する。次のキャンペーンサイトを参照しながら、問題点を挙げてみる。https://www.change.org/p/help-revoke-unfair-contracts-between-filipino-banana-farmers-and-big-businesses

<意味のある説明や相談がないままの契約>
「契約は農家たちの事前の意味のある相談なしに結ばれます。これはフィリピン契約法に対する違反であり、農家と投資家との契約を規制する規定や条例にも違反しています。何より、契約書は英語で書かれており、契約条件は農家には説明されていません。」

<長期にわたる契約期間と自動更新>
「契約期間は通常15年から30年でさらに15年から30年間の自動更新条項が含まれます。こうした非常に長い契約期間のために、状況が変わっても内容を変更したり条件を追加したりすることがほとんどできないのです。」「例えば、契約書にはバナナの買い取り価格は一箱4.25米ドル(約470円)で固定されるよう定められています。市場価格が高くなったとしてもです。農家たちは契約期間の間はずっと価格が固定されているため、より多くの収入を得る機会を奪われているのです。」

<コスト・リスクの農家負担>
「生産にかかわるリスクやコストはほとんど農家に負担されます。例えば、輸送中に傷がついた箱のバナナのロスはフィリピンにいる農家の負担になります。実際に日本の港で返品されるバナナのコストは農家が負わされるのです。」「気象災害やその他災害に対する保険となる条項もありません。2012年に台風パブロ(台風24号)が上陸した際も、大手企業らは被害を受けた農家になんの支援も提供しませんでした。それによって農家らはほとんど返すことができない金利で融資を受けねばならず、さらなる債務に陥れたのです。」

こうした状況を踏まえ、IDEALSは、スミフルも含むバナナ輸出関連企業に対し「買い取り価格を現在の市場を反映させること、生産にかかわるリスクとコストの公平な分配をすること、契約交渉および執行における透明性を確保すること」を要求している。至極真っ当な要求である。が、その真っ当なことが行われていない現実を、私たちはどう理解したらよいのだろうか。

フィリピン産バナナと日本

日本の小売店で売られているバナナはその大半がフィリピン産である(以下、この項の記述は『甘いバナナの苦い現実』石井正子編著、コモンズ、2020年を参照している)。バナナのフィリピンからの輸入は1969年以降急速に拡大した。73年にはそれまで上位を占めていたエクアドル・台湾を抜いて輸入量の5割を占めるに至り、翌1974年に70%を超えて以降は常に7割から9割を占めている。2000年に80万トンを超え、2009年には120万トンでピークに達したが、2015年以降は80万トン前後で推移している。日本が輸入するフィリピン産バナナの98%はミンダナオ島で生産されている。

フィリピン産バナナの日本への輸入は、多国籍企業大手であるドール(29.2%)、スミフル(27.9%)、デルモンテ(14.7%)、ユニフルーティー(12.8%)の4社が寡占状態で、全体の84.6%を占めている(2016年度、輸入数量ベース)。ドールは伊藤忠商事系、「債務の運命」で出てきたスミフルは住友商事系である。デルモンテは米国、ユニフルーティーはオランダに本社を置く。

伊藤忠商事は1966年にドールと事業提携する形でフィリピン産バナナの輸入を開始した。ドールは元々米国の多国籍アグリビジネスであったが、2013年に伊藤忠商事がアジアの青果物事業および全世界の加工食品(缶詰や飲料)事業を買収した。その結果、バナナの輸入を行っている「ドール・フィリピン」社は100%伊藤忠商事の持ち株会社となっており、フィリピンでのバナナの栽培・輸出から日本での輸入・流通・小売りすべての過程を垂直統合している。

他方、住友商事も1960年代末にフィリピンのバナナ事業に参入し、70年代以降の日本へのバナナ輸入拡大を担った。2003年には、住友商事が49%の株式を所有する持ち株会社スミフル・シンガポール社を立ち上げ、同社の100%子会社としてスミフル・フィリピン社とスミフル・ジャパン社を所有し、フィリピンでの栽培・輸出業務は前者が、日本への輸入を後者が担当。GACKTがイメージキャラを務める「甘熟王ゴールドプレミアム」などを扱う。
スミフル・フィリピンは、「輸出用のキャベンディッシュ(日本で食べられるバナナ種)、パイナップル、パパイヤを主とした生鮮果物の原料供給、生産、船舶輸送、マーケティング会社」で、ダバオ市近郊に総面積1万2000ha(山手線内側面積の2倍程度の広さ)のバナナ・プランテーションを管轄下におき、総勢で3万人の雇用を生み出しているとされる。研究所、冷蔵輸出システム、箱詰め工場、船積み港、輸送船舶の運航まで含む体制を構築。中国、日本、韓国、中東、ニュージーランド、ロシアに市場を確保し」ている(『甘いバナナの苦い現実』P271)。

日本のトップクラスの商社の事業規模の大きさに驚かざるを得ない。2018年決算では、スミフル・シンガポール株式所有によって得られる住友商事の持分損益として17億円の純益を得ている。ところが、住友商事は2019年上半期になって突如スミフル・シンガポールの持ち株すべてを売却した。これは、スミフル・フィリピンの「業務委託先」に雇用された労働者の人権侵害事例が発覚し、当該の労働者や労組、NGOや裁判所から対応を迫られながらも対応を怠ってきた「サプライチェーンの企業責任から逃れるためだったと疑われる」(同P271)事態となっている。

そして、この住友商事の支配下にあったスミフル・フィリピンが、上で見たIDEALSのキャンペーンによっても名指しで批判されているのである。

ここには、<ミンダナオの貧しいバナナ農家>と<日本の大手商社とその支配下にあるフィリピン現地孫会社>とのあいだの圧倒的な力のギャップが存在している。そして、その両者の間の力関係のもとで不公平な契約を押し付けられ、貧困が再生産され続けている現実、不公平な契約を押し付けることで大企業が大きな利益を得ている現実が存在している。

そして、そのさらにこちら側には、安くておいしいバナナを享受している私たち日本の消費者がいる。私たちは、ミンダナオのバナナ農家とどのような関係を取り結ぶべきなのだろうか。どのような関係を取り結ぶことができるのだろうか。次回以降も、引き続きバナナを通じて、この問題を考えていきたい。(続く)

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