国際協力NGOの立場から見た戦争と平和(第3回)

森脇祐一(アクセス常務理事・事務局職員)

前回はスペインによる中南米への植民地支配の一端、および16世紀から17世紀初頭にかけてのエンコメンデーロおよびスペイン政庁による初期のフィリピン植民地支配について紹介した。

スペインによるフィリピン先住民の搾取は、当初、主に徴税、強制労働や徴兵、生産物の強制売渡しなどの方法を通じて行われたが、後に教会や政庁有力者への土地の集積と大農場におけるプランテーションの進行、商品経済の浸透につれて、小作料の徴収や高利貸しなどが付け加わり、主要な搾取形態となる。

今回は、エンコメンデーロに代わって台頭したカソリック修道会がフィリピンの人びとをどのように支配していったのか、そして18世紀までのスペイン重商主義と植民地フィリピンとの関係について見ていくこととしたい。

カソリック教会とスペイン国家の権力争い

フィリピン植民地支配において、教会はスペイン国家よりも力を持った。スペイン政庁官吏の数が非常に少なかったため、フィリピン諸島の半分以上の村には修道士以外のスペイン人はおらず、スペイン権力はほとんどの村で修道士の宗教的感化力に依存せざるをえなかったからである。

植民地支配当初、修道士たちは、先住民をキリスト教へと改宗させるために、先住民たちの生活により密着し、信徒の言語や風俗習慣を学ぶ必要があった。民衆に交じって生活し、教区の神父そしてよき指導者になった。そして、前回みたように、しばしば先住民の側に立って、エンコメンデーロやスペイン政庁による民衆に対する搾取や抑圧を告発した。彼らは村落の伝統的権力秩序を崩すことなく、むしろ首長を通じて村落に働きかけた。だが、カトリック教を受け入れるということは修道士の権力を受け入れるということであり、彼に対する忠誠が深まることでもあった。

レガスピによるフィリピン植民地化の開始から30年も経たないうちに、スペイン政庁と教会との間の権力闘争が行われ始め、その後17世紀後半に頂点に達する。1592年、フィリピン総督ダスマリニャスは教会を非難して次にように述べている。この段階で既に、修道士たちが決して民衆の側に立った善良な宗教者ではなく、権力者として、搾取するものとしてフィリピン先住民に対していることが分かる。

そして修道士は同じことを言う-もし、彼らの力がインディオ(フィリピン先住民)から取り除かれたら、インディオは改宗村を捨てていなくなってしまうだろう、と。修道士の権力はこのように強力なので、インディオは改宗村の神父以外の王や上位の者を認めようとしない。そして総督の命令よりも神父の命令を良く聴く。したがって修道士たちは何百人ものインディオを奴隷とし、あるいは船の漕ぎ手としてさらにまたその他さまざまな仕事や手伝いに、賃金も支払わずに利用する。そして追いはぎのように彼らを鞭で折檻する。

レナト・コンスタンティーノ『フィリピン民衆の歴史Ⅰ』P103

国家権力と教会権力の争いは、教会の勝利に終わった。先住民の生活とより近い場所にいた修道士たちの土地と住民に関する知識は政庁官吏の知識より常にすぐれていた。また、スペイン人州知事ら政庁官吏の在任期間が一時的であったのに対して、教区司祭の在任期間はほとんど永久的なものであったため、官吏たちは修道士に依存せざるを得なかった。修道士は、教区内の世俗の仕事をますます任せられるようになり、ついには教区住民の生活で彼らが関与しない側面はないほどになったのである。

こうして政治権力を増大させていく中で、修道会は土地と民衆への支配と搾取を強化していくことになる。

カソリック修道会による土地と民衆の支配と搾取

植民地フィリピンにおいて、修道士は「自活のために」教区内に土地を所有する特権を与えられ、また修道士の数を増やすため修道士の義務(貧困、童貞、従順)が緩和されたため、修道会は教区を拡大し、大規模な土地集積を行うことが可能となった。修道士が所有する土地を拡大していった方法は多岐にわたる。スペイン国王からの修道会への下賜、スペイン国王所有の領地の購入に始まり、フィリピン人からの寄進や相続(免罪符として)、廉価での土地の購入、それに高利貸し(当初は収穫の50%、後に収穫の多寡にかかわらず定率の利息の徴取)による土地の抵当としての差し押さえなどである。中には公然と横領する例もあった。

 新しく測量が行なわれるたびに、本来の修道会所領の境界線外にある何ヘクタールもの土地が、簡単に浸食された。多くの場合、司祭はただ欲しい土地を要求して、その部分の地図を作り、それに所有権を発行してもらってそれで所有者となるだけだった。

 永年にわたってその土地を耕作してきた昔からの原住民居住者は、たちどころに不法占拠者として宣言された。原住民が異議を申し立てると、問題の土地の所有権を合法的に証明するものを要求された。しかし、大抵の場合、原住民は土地の所有権を証明するいかなる合法的な書類も提出することができなかった。

同上P94

修道会による土地の集積が進行するにつれ、人々は、幾世代にもわたって耕作してきた土地から追放されたり、元々自分のものであった土地で小作人として収穫物の半分以上を小作料として収めることを余儀なくされたりした。

教会は、キリスト教の種々の儀式を悪用して経済的利益を追求することまでした。

 教区司祭は洗礼式から葬式に至るありとあらゆる儀式に驚くほど多種の手数料を要求した。原住民は魂の救済にはこれらの儀式を欠かしてはならないと教えられたので、最後の財産を売り払っても、それを支払った。

 修道士はロザリオや修道士の肩衣など宗教的な品々を販売して金を儲けた。彼らは信徒に(対し)必要な全ての労働奉仕を求め、修道院の食卓を賄う食物の寄進を要求した。

 原住民がどうしても司祭の命令に服さなかったり、司祭の勝手気ままな言動を無視するときは、体罰が加えられた。通常それは鞭打ちだった。未婚の娘は修道院に報告され、米つきや教会の床掃除に行かなければならなかった。現在、家系図のどこかに司祭を祖先に持つフィリピン人が沢山いるが、このことは司祭の独身生活を遵守する掟が頻繁に破られたことを物語っている。

同上、P97

こうして、ひとたび修道士の土地所有権が承認されると、搾取とそれに伴う残虐行為や不正行為は、所有地拡大という至上命令を遂行するための不可欠の要素となった。経済力によって政治力が強化され、その政治力が今度は経済力を拡大するために用いられたのである。

上で見てきたような土地の集積の結果、19世紀末のスペイン植民地支配終了時までに、修道会は18万5000ヘクタール以上の耕地を所有するに至った。これは当時のフィリピンにおける全耕作面積の約15分の1に相当したという(同上P98-99)。

アクセスの事業地、ペレーズ。

スペイン重商主義とフィリピン植民地経済

フィリピンを征服した当時、スペイン社会は重商主義段階にあった。重商主義とは、国家の冨を金・銀といった既に貨幣として流通していた鉱山資源をたくさん保有することととらえ、金・銀の獲得を経済政策の主眼とする考え方である。絶対王政のもとで官僚や軍隊の給与、宮廷生活の維持などの財源が必要となった国王によって採用され、金や銀、あるいは香辛料など高値で売れる産物を産出する地域を排他的に支配するために植民地を獲得することが追求された。

それゆえ、重商主義下の植民地経営は、長期的見通しに立った天然資源の開発よりも、むしろ貿易取引のために金・銀などの鉱物資源やその他の富を手早く獲得することに力点が置かれた。しかしながら、フィリピンにはラテン・アメリカとは異なり、手近に手に入る鉱物資源や特産物は存在せず、他方、植民者たちも天然資源開発に関心がなく、そのための技術もなかった。

そうした中でフィリピンが植民地として保持された理由は二つある。一つは、カソリック教会が、中国や日本その他アジア地域への布教の拠点とみなしたこと、もう一つはオランダ、イギリス、ポルトガルとのアジアにおける植民地争奪戦-東洋帝国の樹立を遂行するための前哨基地としての役割を持たされたことである。フィリピン先住民に建造させた船に先住民を乗り込ませて、スペイン艦隊は帝国防衛の戦いに出撃した。

植民地化から200年の間、フィリピンは経済的にはほとんど開発されないまま捨て置かれた。この間、スペインにとっての植民地フィリピンの主な経済的役割は、中国と当時スペインの植民地であったメキシコとの間の貿易「ガレオン貿易」の中継点としての役割であった。中国からメキシコ・アカプルコに向けては絹織物、陶磁器、漆器、などの奢侈品が、アカプルコから中国に向けては銀が運ばれた。ガレオン貿易は、フィリピンの直接的な経済開発の誘因にはならなかったが、後の経済発展を考えるとき重要な変化をもたらした。ガレオン貿易中継点としてのマニラの発展と中国人の移住である。

中国人たちは、メキシコ向けの産物と並行してフィリピンのスペイン人が必要とする奢侈品やフィリピンの村落で先住民たちが必要とする産物を中国から運んだ。他方、フィリピンの地方の産物を集めてマニラに暮らすスペイン人にも販売した。マニラのスペイン人経済と村落の先住民経済との間をつなぐ商業活動の役割を果たしたのである。これにより、商品経済が地方に浸透し、マニラに近い地方ほど、それ以前の伝統的自給自足経済は解体していくことになる。

この稿、続く。

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