フィリピンの子どもたちの経験が絵本になりました

アクセス日本 野田沙良(のださよ)

子どもたちの暮らしや想いが垣間見える絵本

完成した3冊の絵本

3冊の絵本が日本に届いたのは2020年12月のこと。かわいくてカラフルで、文字が読めなくても、ページをめくるのがワクワクする絵本でした。農漁村ペレーズ地区の子どもたちの絵と語りが、こんな風に絵本になって手元に届くなんて!コロナ禍の影響で制作も輸送も遅れに遅れていた絵本がやっと手元に届き、私はニヤニヤとしてしまいました。

フィリピンに行くたびに手をつないだり一緒に写真を撮ったりして仲良くしていたペレーズ地区の子どもたちですが、言葉の壁があるため、一人ひとりの生い立ちや家庭環境をくわしく知ることはなかなかできずにきました。でも、子どもたちの経験をモチーフに制作されたこの3冊の絵本を読むことで、子どもたちの暮らしぶりや、どんな想いですごしているのかを垣間見ることができました。

この絵本は、アクセスが実施する子ども教育プログラムに参加する子どもたち(子ども教育サポーターの皆さんにご支援いただいている小学生)が土曜日の補習授業で発表した絵と語りをモチーフにして、プロのイラストレーターや絵本作家の協力を得て制作しました。子どもの目から見た日常の一コマを切り取って物語として描くことで、「日常の中で起こっている子どもの権利侵害」を伝える作品になっています。この活動は、子どもたちの表現する力を伸ばすと同時に、絵本というメディアを使って地域の大人たちの子どもの権利意識を向上させていくことをめざして、2019年度に取り組みました。

絵本はタガログ語で書かれていますが、ボランティアの森嶋沙織さん(大学院生)と現地スタッフの石川雅国さんが日本語訳をつけてくれました。

「表現する力」が子どもを守る

ペレーズ地区では数年前、親戚の男性から性的虐待を受けたある奨学生が「話してはいけないこと」と思い込み、その出来事を心に秘めたままふさぎ込んでしまったというケースがありました。日本でも、「いじめられている子が、誰にも話せず、助けを求められないまま抱え込んでしまう」という話をしばしば耳にします。いじめであれ虐待であれ、自分が酷いことをされていると自覚できず、なんだか辛いけど、どうしたらいいかわからないまま辛さを抱えて普段通り過ごしてしまう子は少なくありません。権利侵害に苦しむ子どもたちをサポートするとき、本人が辛さを自覚し、言葉で伝えられるようになることは、とても大切な一歩です。

とはいえ、「辛い時は教えてね」と伝えるだけでは、なかなか話してくれる子は増えません。心に湧きあがってきた感情が悲しみなのか怒りなのかを認識するというのは、誰もが自動的にできることではありません。また、感情を認識できたとしても、それを言葉にするのには勇気がいったり、不安や恐れを感じたりすることもあります。話せば耳を傾けてくれ、信じてもらえ、力になってくれるはず…という安心感や信頼関係がなければ、なかなか辛い出来事を人に話すことはできません。
私たちはそうした考えから、奨学生のための補習授業の中で「生きる力を伸ばす」ために、子どもたちが想いや考えを言葉にして伝える訓練を重ねています。

保護者や地域の若者といっしょに

スケッチブックなどを受けとり、大喜びの子どもたち

2019年度は、7月から翌年2月にかけて、土曜日に14の集落で子どもたちを集め、全6回のワークショップ形式の補習授業を行いました。集落ごとの参加者数は10~20人。1~6年生合同での実施でした。7月には参加した子どもたち全員に、スケッチブックと色鉛筆セットを配布したのですが、新品の文具を滅多に手にすることができない子たちもおり、その時の写真からは喜びが伝わってきます。

アクセスの現地スタッフのファシリテーションのもと、子どもたちは「学校での忘れられない出来事をかいてみよう」「自分を何か人間以外の物にたとえてかいてみよう」といった課題に取り組みました。低学年は絵で、高学年は絵と文章で、自分の経験や自分の想い・考えを思い思いに表現します。そして、全員が一人ずつ、自分の描いたものについて、自分の言葉で説明する時間を繰り返しもうけました。そうすることで、表現する力とあわせて、人前で話して伝える力も伸ばす機会としたのです。

とはいえ、授業はいつもスムーズに進んだわけではありませんでした。特に人数の多い集落では、時に収拾がつかなくなったりもしました。低学年の子の中には集中力が長く続かない子もおり、別の作業をし始めたり、立ち上がってどこかに行こうとしたり…。「地域の若者や手の空いている保護者が授業を手伝ってくれ、見守りや声掛けをしてくれたのは本当に助かりました。また、保護者が交代で調理してくれた食事は、子どもたちの補習授業への参加意欲を高めてくれる効果がありました」と現地スタッフは話します。

現地スタッフの声

ライカ・フェブラー

当時1年生だったカイラちゃんは、活動を通じて大きく変化した子の一人です。もともと、とても恥ずかしがり屋で、補習授業がはじまったばかりのころは静かに座って出席しているだけでした。でも回数を重ねるにつれ、積極的に絵を描いたり話し合ったりするようになっていきました。慣れてくると、自ら手を挙げてみんなの前で文章を読むようにもなり、ほかの奨学生に自分のことを話す場面も増えていって、周囲の子どもたちととても仲良くなっていきました。

補習授業を通じて見られた変化

子どもたちの変化は、保護者の皆さんにも実感してもらえたようです。当時4年生だったダーニャちゃんのお母さんは、こう話します。「娘は2019年度の補習授業を経て、自分の考えを率直に話してくれるようになりました。以前にくらべ、学校での出来事をたくさん話してくれるようになったんです。学校での忘れられない出来事を書くワークショップでは、学校でいじめを経験したことを打ち明けてくれました。お母さんに話したら怒られるんじゃないかと、怖くて言えなかったのだ、と話してくれたんです。」

補習授業時に保護者が調理してくれる食事に、子どもたちは大喜び。

子どもたちが権利侵害に遭遇した時、自ら声をあげる力、友だちのしんどさに気づく力、大人に助けを求める力は、一朝一夕で身につくものではありません。でもこの活動を通して、少しずつではあっても変化を生み出すことができたように思います。今後も、子どもたちが楽しみながら生きる力を伸ばせる補習授業を継続し、「困難を乗り越える力」を身につけられるようにしていきたいと思います。

大人の意識を変えていくことが今後の課題

この活動のもう1つの目的だった、地域の大人たちの、子どもの権利意識を向上させる、という部分については、コロナ禍の影響で達成できずに終わってしまいました。

アクセスが支援する子どもたちの中には、学校の先生に叩かれたり殴られたりした経験のある子たちが何人かいます。中には、勇気を出して体罰を受けたことを打ち明けたものの、学校関係者の権利意識が低いため、適切な対応をしてもらえなかったというケースもありました。また、保護者の多くは「学校に相談しても、先生たちが真剣に取り合ってくれないのでは」「親のしつけがなってないからだと非難されるかも」「校長先生が担任の先生をかばって、子どもの主張を信じてくれなかったらどうしよう」といった不安を抱えています。

子どもの権利に関する地域の大人の意識が低ければ、「子どものためを思って叩いたのだ」「それくらい大したことない」などと、うやむやにされてしまいます。子どもたちをしっかり守っていくためには、地域の大人の意識を変えていくことが欠かせません。

子どもたちの絵を綴じて作った絵本サンプル

この、大人の意識を変えるという目的達成のため、私たちは完成した絵本のお披露目会を2020年3月に予定していました。村議員・町の福祉局職員・自治体関係者を招いて、大々的に絵本の完成を周知し、子どもの権利保護のために行動する大人を増やすきっかけにしていこうと考えたのです。でも、2月に新型コロナの感染が広がりはじめ、3月にはフィリピンのほとんどの地域で厳しいロックダウンが課されたため、お披露目会どころではなくなってしまいました。現在も、完成した絵本はマニラ事務所の中で保管されたまま。州境を越える移動には今も制限があり、絵本をペレーズ地区まで運ぶことができていません。残念ですが、ペレーズ地区の現地スタッフや子どもたちさえも、まだ完成した絵本を手にすることができていません。

制限のある中でもできることを

農漁村ペレーズ地区ではコロナの感染拡大は収まってきており、外出規制も以前にくらべるとずいぶん緩くなりました。学校の授業は現在も在宅でのプリント学習のみですが、保護者の監督の下であれば外出もできるようになっています。ただ、集まっての活動はまだ禁止されているため、アクセスの補習授業も、在宅でのプリント学習という形をとっています。いつ集会ができるようになるのかの見通しもつかず、大人の子どもの権利意識を向上させるお披露目会は無期限延期となっています。絵本の完成を地域の人々とともに喜べる日が一日も早くやってくることを願うばかりです。

絵本は、こちらからご覧いただけます。ぜひご一読ください。

本事業は「連合愛のカンパ」「日蓮宗あんのん基金」からの助成金と、皆さまからのご寄付で実施しました。

(了)

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