薬物依存症と、 私と、フィリピンと

アクセス事務所のまわりにあふれるポスター。個人宅、法人事業所など問わず、町のあちこちに貼りつけられている。

アクセス日本事務局長 野田沙良

薬物依存症者の回復を後押しするNPO、京都ダルクの施設建設反対運動がアクセスの近所で目立ちはじめたのは2019年の中頃だったと思います。

気が付けば、近所は反対のポスターだらけ。ポスターに胸を痛めるだけの自分がもどかしくなり、11月に近所で開かれた説明会に参加してみると、それは罵声や怒号が飛び交う、とても胸が痛む時間でした。頭ごなしに「出て行け」と怒鳴ったり、「精神障害者なんやから精神病院行けばええ」といった差別発言を投げつける人が複数おり、鼓動が早くなるのを抑えられませんでした。

実は私も、一人の精神障害者です。10年以上、闘病してきた経験から「精神疾患は医師だけの力では治せない」と考えています。

薬の処方や月に数回の診察だけではどうしようもない部分が大きい。一緒に回復のための対処策を考えてくれる家族がおり、障害があっても受け入れてくれる職場なかまがいたから、私はここまで回復しました。全員から見放され、「出て行け」と言われ、孤立した状態だったとしたら、悪化して自殺していたかもしれません。少なくとも、今ほど回復する事はできなかったでしょう。

薬物依存症者の方も、精神科に入院したり、通院するだけでは回復できないのではないかと想像します。そんな中、一緒に回復にむけた方策を考えて見守ってくれる人がいる場所がダルクなのではないかと思うのです。

ダルクには、元依存症者で回復を果たした先輩たちがいる。信頼できるアドバイスをしてくれる人がいて、気持ちを理解してくれるなかまもいる。ダルクが蓄積してきた、回復のためのノウハウもある。回復への道のりは長く、その過程でトラブルを起こすこともあるかもしれませんが、少なくとも孤立よりはずっと回復に近づける環境なのだと思います 。

薬物依存症者であれ、その他の精神障害者であれ、「この絶望的な環境から抜け出す道筋が見えない」という状況に追い詰められた時、人は時に自分や他人を傷つけてしまうように思います。だからこそ、地域内の犯罪やトラブルを減らしたいとき、大切なのは「出て行ってもらう」ではなく、「絶望の中にある人に、希望の持てる場所を提供すること」だと思います。

もしそうだとしたら、ダルクのないコミュニティと、ダルクのあるコミュニティ、どちらの方が安心して暮らせるでしょうか?

私は、そんな思いを、どうしてもその説明会で言いたかった。そこで、勇気を振り絞って手を上げました。しかし、後半はずっと反対派の方がマイクを握り、質問の形を取った決めつけ批判が続きました。そしてある瞬間、「もうやってられん」といった一言が反対派から放たれると、多くの人がぞろぞろ帰り始めました。何度も手を挙げていた私やもう一人の男性はスルーされ、司会者は説明会の終了を告げました。

中には冷静に、子どものことを心配して意見するお母さんもいらっしゃいました。その気持ちはよくわかります。そんな人たちに対する啓発は、現状では不足しているのだと思います。だからこそ、私のような者が「地域のダルク応援団」として、日常の中で伝え、発信する作業を地道に積み重ねていかないといけないなぁと痛感しました。

フィリピンにおいて、貧困層は自己責任論を押し付けられ、「怠けているから貧困から抜け出せないのだ」と見下されることがしばしばあります。必死でがんばっても、周りから努力不足だとみなされ、お金がないゆえにチャンスも手にできない。絶望の果てにギャングの一員となったり、家族のために売春や薬物売買で身を削って稼いだり、絶望の末に薬物依存症になったりする人たちがいます。

フィリピンの貧困層の人たちと、日本の薬物依存症の人たちと、精神障害者の私。共通しているのは「抱えている困難を乗り越えるために、生きる希望が必要だ」ということです。そしてその希望はいつも「人との関係」の中で見いだされるものです。「大変だったね、つかれたでしょう。ちょっと休みなよ。」と言ってくれる人、「大丈夫、今は無理でも、少しずつよくなっていくと思うよ。」と励ましてくれる人の存在が、「希望」なのではないでしょうか 。

私はずっと「貧困をなくしたい」という思いで、アクセスで働いてきましたが、今はちょっと考えが変わりつつあります。貧困や精神障害といった苦労・困難をなくすことは相当難しい、いや不可能かもしれないと思い始めたからです。

でも、絶望しているわけではありません。たぶん大切なのは、どんな苦難に遭遇した時でも、「この人たちがいるなら、立ち向かっていけるかも」と、誰もが思えるような世の中にすること。希望につながる声かけが当たり前のようにあふれるコミュニティを増やしていくことなんじゃないか、と今は思っています。

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地域で起こっている出来事から、長年関わっているフィリピンの人びとのことや自分自身のことを想起しそこに深い関連性を見ているこの野田の文章は、ダルクの説明会に参加した直後に野田が書き多くの反響があったSNSの投稿が元になっています。

「絶望的な状況」は、いつ誰にだって起こりうる可能性があります。薬物依存症と、貧困問題と、そして自分自身について、あなたはどのように考えますか?

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