連載 私たちはどこにいて、どこに向かおうとしているのか 「国境を越えて」パート2

アクセス常務理事 森脇祐一

連載『国境を越えて』パート2
第1回:新たに連載を始めるにあたって
第2回:「南北問題」はもはや存在しない? その1
第3回:「南北問題」はもはや存在しない? その2
第4回:「南北問題」はもはや存在しない? その3
◇第5回:「南北問題」はもはや存在しない? その4

今回のポイント:
・ 「南北問題」は貧富の状態の格差のみならず、「南」と「北」の力関係の格差でもあり、この力関係の格差が、歴史的・構造的な支配=従属関係を生み出してきた
・ 「北」の住民が「南」の住民に対する支援を行い、関係を作ろうとするとき、こうした歴史的・構造的支配=従属関係を踏まえ、自らの立ち位置を踏まえる必要がある

引き続き『FACTFULNESS(ファクトフルネス)』(ハンス・ロスリング他著、日経BP社、2019年)を批判的に検討する。ロスリングの「南北問題」に関する主張は、前々回要約しているので、そちらを見ていただきたい。 https://access-jp.org/archives/column/boader2_3

3) ロスリングの主張の三つ目の問題点は、南北問題を「分断」の問題として、しかも貧富の状態の程度の違いとしてのみ捉え、南北の構造的関係の問題として、すなわち「北」と「南」のパワー(力)のちがいと、それに基づく双方のあいだの支配=従属関係の問題として捉える視点を全く欠いてしまっていることにある。

南北問題に関するロスリングの記述を改めて確認しておく。

① 「いまや、世界のほとんどの人は中間にいる。「西洋諸国」と「その他の国々」、「先進国」と「途上国」、「豊かな国」と「貧しい国」のあいだにあった分断はもはや存在しない。だから、ありもしない分断を強調するのはやめるべきだ。」(P37)「世界を見渡せば、国民の大半が、許しがたいほどの極度の貧困状態に陥っている国もある。一方、北アメリカやヨーロッパ、日本、韓国、シンガポールなど豊かな国もある。だが、大多数の人々はその中間にいる。」(P39)

② 世界を「先進国」と「途上国」の二分法で捉える代わりに、4分類すべきだ。レベル1は一人一日当たり2米ドル以下の所得で約10億人、レベル2は2ドルから8ドルまでの所得で約30億人、レベル3は8ドルから32ドルまでの所得で約20億人、そしてレベル4が32ドル以上の所得を得る人たちで約10億人となる(P44)。こうすると、上記の「豊かな国」がレベル4、「極度の貧困状態に陥っている国」がレベル1、その間の「中所得の国」がレベル2と3ということになり、あれかこれかという単純な見方に陥らないで済む。

a) ロスリングの「南北問題」という認識枠組みに対する批判は、世界は「西洋諸国」と「その他の国々」、「先進国」と「途上国」、「豊かな国」と「貧しい国」に「分断」され、二分されていて、あれかこれかいずれかのグループに分類されるというイメージに対する批判といって良い。
そうではなく、「豊かな国」と「極度の貧困状態にある国」との間には、数多くの「中所得の国」がグラデーションをなして存在しており、あれかこれか、二分されているわけではない、というのだ。

b) 「南北問題」という世界の捉え方が、世界は「豊かな国」と「極度の貧困状態にある国」とに二分されているというイメージを再生産しているのだとしたら、その限りにおいて、ロスリングの批判は有効であり、間違ってはいない。
 だが、だからと言って、そこから「南北問題」は既に存在しないという結論を導き出すとしたら、それは大きな間違いであると言わなければならない。

c) ロスリングの世界の捉え方は、世界を、国民国家を単位に貧富の状態の違いで分類するというものだ。その背景には、それぞれの国民国家は自然に、自律的に、経済成長するものとする捉え方がある(ように読める)。

d) 彼は、世界の「経済成長」の根拠を「社会基盤とテクノロジーという2種類のシステム」(P278)に求める。「社会基盤」とは、教育・医療、水道、交通機関や治安その他の「社会の土台になるさまざまなサービスの網」(P279)のことであり、そうしたサービスを提供してくれている人たち(いわゆるエッセンシャルワーカー)を指している。また「テクノロジー」とは、工業技術のことで、生活を利便にする電灯や洗濯機を生み出すシステムであり、そうしたシステムで就業している人たちのことだ。

「物事がうまく行かないときには、「犯人を捜すよりシステムを見直した方がいい」と訴えてきた。では、物事がうまくいったときはどうだろう? そんなときには「社会基盤とテクノロジーという2種類のシステムのおかげだ」と思った方がいい。」(P278)
「社会や経済の発展が止まっているのは、とてつもなく破壊的なリーダーがいたり、紛争が起きているほんの少数の国だ。それ以外の場所では、悲しいくらいに無能な大統領のいる国でも進歩している。」「国を進歩させるのは、社会を築いてくれる数多くの人々だ。」(P278)
「朝、顔を洗うときに蛇口から温かいお湯が流れてくると、奇跡のように感じることがある。奇跡を起こしてくれた人たちに、わたしは心の中で感謝する。配管工の皆さん、ありがとう。」(P279) 
「産業革命は数十億人の命を救った。でもそれは、良いリーダーがいたからではなく、洗濯機や洗剤が発明されたからだ。」「工業化バンザイ、鉄工所さんありがとう。発電所さん感謝します。洗剤メーカーさん、お疲れさま。おかげで本を読む時間ができました。」(P280)

つまり、ロスリングにとって、経済発展とは、それぞれの国における工業や「社会基盤」を構成するサービスに従事している人たちの頑張りによってもたらされるものである。そうだとすると、レベル4の「豊かな」国が、レベル3以下の国々と比べて豊かであるのも、1997年以降「人類史上、最も速いスピードで、極度の貧困が減ってき」て、レベル1の人口が2017年には9%まで下がった(P67~68)のも、これらの人々が頑張ったおかげだということになる。

e) むろん、ロスリングのこの主張は極端に話を単純化しすぎていて、近代以降の世界の資本主義経済の発達史について少しでも勉強したことのある人にとっては、まともに相手にする気にならない議論であろう。
 ここで資本主義史を詳述する余裕はないが、本稿のテーマである「南北問題はすでに存在しないのか」という問いについて考えるときに、ロスリングの主張の誤りについてどうしても指摘しておかなければならない論点がある。それは、「南北問題」とは、ロスリングが批判するように、世界を国民国家ごとの貧富の状態の程度の違いで測定し、「北」と「南」との間に貧富の状態の大きな格差が存在し、世界は二つの大きなグループに分断されているという捉え方だけを意味するのではない、ということだ。そうではなく、南北問題とは、「北」と「南」の構造的関係の問題であり、とりわけ近代植民地支配が成立して以降の、欧米諸国によるアジア・アフリカ・ラテンアメリカ諸国に対する支配=従属関係を捉えようとする捉え方であって、支配=従属関係の土台にある経済的・軍事的・政治的・文化的パワー(力)の格差として捉える捉え方でもある。そして、残念ながら後者の捉え方はロスリングのこの著書から全く欠落している。
 この捉え方からすると、「南」の貧困は「北」による「低開発の開発」(アンドレ・グンタ―・フランク)の結果ということになる。つまり、「南」の貧困=「低開発状態」は、15世紀以降500年以上にもわたる「北」による「南」の植民地支配の中で、「南」の社会経済構造そのものが「北」の重商主義や資本主義の論理に組み込まれ、再編され、人為的に作り出されたことの結果である。同じ構造的関係の中で、「北」の豊かさもまた人為的に作り出された。「北」と「南」の状態の格差はその結果生み出されたものなのである。
 ロスリングの指摘する「経済成長」の根拠としての「社会基盤とテクノロジーという2種類のシステム」もまた、こうした「北」と「南」の歴史的・構造的関係の中で、まず「北」で生み出されたものであり、戦後の「南」の植民地支配からの政治的独立、1971年オイルショック以降の「南」の資源ナショナリズムの高揚、そして1990年代以降の金融の自由化とクローバリゼーションの進展と工業の「南」への移転のなかで、徐々に「南」にも移植されてきたものである。つまり、「社会基盤とテクノロジー」は、「南」の経済成長の根本的な要因ではなく、戦後の新たな「北」による支配体制のもとで「南」の諸国が資本主義の発展の論理に組み込まれた結果としての経済成長(とりわけ90年代以降)の結果に過ぎない。

f) むろん、こういうことを言うと、アジアNIESや、中国やインドなどBRICSと呼ばれる国々はどうなのだという反論がすぐに返ってくるであろうことは、想像に難くない。また、「北」の内部での貧富の格差拡大を受けて、「北」=豊か、「南」=貧しいという理解は既に通用しないという議論も見かける。これらの問題は本稿全体のテーマでもあるので、今後の課題とし、改めて私見を述べたい。
 ただ、最後に、なぜ「南北問題」を「北」と「南」の間のパワーの格差の問題、支配=従属関係の問題として捉えることが大切なのかという点についてだけ述べておきたい。

g) 本連載第二回で、「南北問題」をまず取り上げたい理由として「南北問題という世界の捉え方は既に有効ではないという主張を、国際協力活動に従事している多くのNGOまでもが支持し始めている。というか、アクセスがかかわっているある国際協力NGOネットワークでは、そうしたNGOが今や主流派である」ことを挙げた。何年か前に、そのネットワーク団体が、団体の理念的枠組みを表現する文書を、以前のものから変更し新たに作ろうとしたことがあり、その際提案された新たな文書草案に対して、アクセスは以下の意見書を提出した。

「(以前の文書は)、戦争や地域紛争の背景に構造的暴力があり、その根底に「南北問題」があることを指摘している。つまり、世界は決してフラットな存在ではなく、権力と富が局所的に偏在しており、マクロ的に見れば、日本の市民は権力と富が集中している側、「北」で暮らしているということを指摘しているのだ。この認識は、日本のNGOやそれを支える市民の客観的立ち位置を示す。つまり、日本の市民と構造的暴力のもと苦闘している人々(その中には日本で構造的暴力にさらされている人々も含まれる)との関係は、決して構造的に対等な関係ではないことを示している。この認識、すなわち我とわが身の立ち位置に対する反省的な認識があって初めて、我々は、構造的暴力にさらされ日々苦闘している人々との「連帯」が可能になる。残念ながら(新しい文書の草案)では、この認識は抜け落ちてしまっている。」

それに対して返ってきた回答は「今や北と南という区分では社会課題は語れないのではないでしょうか。」というものであった。ロスリング的な「北と南の区分」の問題を前提とすれば、「南北問題」という捉え方では確かに現代世界の把握はできない。だが、「北と南の区分」を前提にしなければ語れない問題もまたあるのだ。産湯とともに赤子を流すの愚に陥ってしまっているのではないだろうか。

私たちは、フィリピンの貧しい人たちの支援活動を行っている。支援するということは、その人たちとの関係を取り結ぶということだ。私たちは、彼ら彼女らとどういう関係を取り結ぶことをめざすべきなのか。どういう関係を取り結ぶことができるのか。その問いを考えるとき、「南北問題」は依然として避けて通れない認識枠組みなのだ。

(続く)

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